ゆっくりゆっくり~♪

 急ぎでやらなきゃいけないことは無い。やったほうがいいことはたぶんいっぱいある。けれどもこれからはゆっくりゆっくりいこう。せっかく自分の喫茶店をつくったのだから。喫茶店なんてゆっくりする場所じゃないか。なんかもう、働きすぎるのはよそう。生き急いでばかりいると老けちゃう気がするし…。自分がいつ死ぬのかすっごく気になるけど、知ったところで私は計画など立てられない人間だから考えても仕方ないこったね。生きているうちは生きなきゃならん。生きなきゃ、と思うとだるいから、生きているうちはただ生きているということにしよう。

 最近のこと。記録用。今年4月末に新店舗をオープン。2周年の8月1日までは無休でお店を開け続けた。「毎日営業」、憧れてたから。7月後半くらいから「体力の限界!」を感じ始めて、8月2日に新店舗オープン以来初めてお店を休みにした。バイトも休みだったので完全にオフ。喫茶店行ってコーヒー2杯飲み、蕎麦屋で蕎麦食べた。蕎麦すすれなくなってる自分にウケた。「疲れた」と口に出した途端に疲れが溢れ出して止まらなくなった。ドバドバ~。翌3日はみずのみばとバイトだったけどあまりにもしんどすぎて、4~7日みずのみばを臨時休業にした。やはり私は体が丈夫というか体力があるようで、どんなに疲れていても体を壊すということがほとんどない。先にメンタルをやられる。といっても、完全におかしくなる前に自分で気付けるというか、「強制終了!」のサインが出る。急に涙が溢れる、みたいな。それで「あ、そろそろやばい、休も」となる。私はあらゆる原因で定期的に精神を病むが、いつも「強制終了サイン」が出てくれるので病気にはいたらない。ある意味ラッキーなのかも。ま、しかし、「あ、そろそろやばい」ってならないような日常を設計しないとなと思う。新店舗をオープンしてからずっと出力90くらいで毎日やってきた。毎日を90はさすがにキツイということがやっと分かったので、これからは出力70くらいに抑えよう。これまで週11回(みずのみば7日、喫茶バイト4日)喫茶店で働いていたわけだが、今後はみずのみばの定休日(!)をつくって週9回にしよう(それにしたって多い気がするが)。自分の限界がやっと分かった。

 たぶん人より体力がありすぎるんだな。体力があるってことは、無理できてしまうということでもある。体力だけじゃなくて根性と気力もあるし。根性と気力もあるから、体力が無限ではないということを忘れてしまうのだ。

 新店舗をオープンしてから約3ヶ月突っ走ってこれたのは、新店舗オープンハイ(躁状態)と自己洗脳によるものだろう。嵐のラストコンサート見てから、自認を「売れない芸人自認」から「スター自認」に変えた。「自分はスターだから毎日こんなに忙しいのだ」と自己洗脳した結果、ものすごい量の仕事をこなせた。というか、そうやって洗脳しないとこなせないくらいの仕事量だった。仕事に限らず、プライベートのさまざまな用事をこなすのにも役立った。しかし気づいたらオーバーワークになっていた。これは明らかに不健全である。もっと健全な方法で日常を運営しよう。

「頑張んなきゃ」ってずっと思ってたけど、これもひどく凝り固まった「認知の固定」である。これからはゆっくりゆっくりやるぞ~。これまでたくさん頑張ったからこそ26歳でお店をオープンできたわけだし。もうこれからは余生と思ってもいいかもしれない。気持ち的にはそれくらいのんびりしてもいいだろう。

 定年退職後にお店をオープンした友人から「なにか趣味を1つ作るといいよ」と言われた。仕事以外のなにか。確かに私は仕事ばかりしすぎているし、趣味に費やせる時間もほとんど無かった。私の趣味といえば喫茶店だが、喫茶店以外で没頭できるような別の趣味を持とう。無心で手を動かせるものとかが精神衛生上いいのかもな~、編み物とか。楽器や将棋にも手を出してみたい。映画観るとかでもいい。とにかくなんでもいいから仕事以外のこともしないとね。しないとって思うとまたウーウーって苦しくなりそうだから、こっちもゆっくりゆっくり~♪

昨日、嵐のラストライブを配信で観た。1999年9月15日に嵐がハワイでデビュー会見をして、その約一週間後に私は産まれた。嵐と同い年。昨日のライブ配信を観て「嵐がいるこの時代に生まれてこれて本当に幸せだ」と思った。私の人生には、当たり前に嵐がいたのだ。嵐を好きになったのは小学校中学年くらい、2010年頃だったと思う。姉が私の横で嵐の番組を見ていて、私も気がついたらファンになっていた。嵐の冠番組は欠かさず見ていたし、各メンバーが出演するドラマも夢中になって見ていた。Mステに嵐が出演する時はテレビに齧り付くように見ていた。CSの音楽番組では嵐の曲がたくさん流れてきて、特に「Troublemaker」のMVは飽きるほど見た。嵐が雑誌に出ていれば購入し、「Monster」や「ワイルドアットハート」のサビの振り付けは雑誌を読んで覚えた。テレビをつければほぼ毎日嵐を見ることができ、街を歩けばいろんなお店から嵐の曲が聴こえてきた。嵐の下敷きやクリアファイルが貰えるくじをやりたくて近所の駄菓子屋に通った(今思えばあれは公式グッズだったのか怪しい)。高校受験の時は嵐の曲を聴きながら勉強に励んだ。高校生くらいから他のものにハマったりして、少しずつ嵐から離れていったけれど、ふとした時に思い出し、歌を聴いていた。元気が出ない時に聴きたいと思うのは嵐の曲だった。嵐の存在に何度も何度も助けられた。

嵐のライブ映像を観たのは何年ぶりだろうか。すごく久しぶりのはずなんだけど、私が子どもの時に観ていたあの頃のままというか、そのままの嵐がそこにいて本当に嬉しくなった。歌もパフォーマンスも、5人の空気感も、昔も今もまさに「嵐」でしかない。嵐を嵐として、26年半守り続けてくれてきた嵐には感謝の気持ちでいっぱいである。大切なものを守り続けるということには、想像できないほどの大変な苦労と困難があったはず。けれど、彼らは昨日のライブで「ありがとう」と感謝の言葉をたくさん伝えてくれた。私はファンクラブに入ったこともなければ、コンサートに行ったこともない。嵐から離れていた時期もある。嵐のことが大好きなのに、ファンとしてちゃんと応援することができていなかったんじゃないか、と後ろめたさのようなものをここ数年感じていた。けど、昨日初めて配信というかたちで、リアルタイムで嵐のコンサートに参加することができた。一般視聴チケットを用意してくれて本当にありがとう。おかげで私は生まれて初めて嵐のコンサートに参加することができ、画面越しではあるが、ファンとして感謝を伝えることができたように思う。私は嵐の大ファンだったし、これからも嵐の大ファンである。昨日のライブで翔ちゃんが「松本潤、二宮和也、相葉雅紀、大野智、櫻井翔、僕たちが嵐でした。いや、僕たちが嵐です」と言ったように。

嵐の5人がくれたでっかい愛と希望を胸に、私も、私の大切なものを、愛と真心を込めて守り続けようと思う。

日記のタイトルを変えた

日記タイトルを「わたしの寄り道」に変えた。今までのタイトルだった「例えば歌が日記だったなら」は、大好きな入野自由さんの楽曲のタイトル。オリジナルでありたいと日々思いつつも、なかなかしっくりくる言葉が見つからなくてずっと変えられずにいた。最近はもっぱらみずのみば新店舗のことばかり考えている。みずのみばのコンセプトの一つである「寄り道」。そうだ、「寄り道」こそ私らしさでもあるなと、ふと気が付いた。

19日(木)は父の一周忌で神奈川を訪れた。22日(日)に控えている出店の準備がまだ全然終わっていないので、法事が終わり次第まっすぐ新潟に帰ろうと思っていた、19日の朝までは。けれどいざ関東に降り立つと、どこかに寄り道したい気持ちがどんどん沸きあがってくる。法事の後、姉を東京駅まで送り、さて私はどうしようか。時刻は15時50分。法事なので私は全身真っ黒な布を纏っている。こんな格好じゃ遊びに行ける場所が限られてくる。とりあえず喫茶店に行きたい。そんで夜は夜学バーに行きたいからとりあえず上野方面へ。グーグルマップで喫茶店を探す。実は上野周辺の喫茶店ってあまり行ったことがないのだ。時間的にもうすぐ閉まってしまうところが多い。18時くらいまでやっているお店を探し、「マドンナー」にたどり着く。16時40分頃に入店、「もうお食事は終わっちゃいましたが大丈夫ですか」と聞かれる。この時間だしこちらもコーヒー一杯だけのつもりだったため、少しおもしろく感じてしまった。同時に「良い店だな」と思った。日報を書いて店を出、夜学バーへ。17時59分に着いたらまだ開いてなかった。こゆこと、前にもあったな。すぐジャッキーさんが現れ、店に入れてもらう。この時点では終電か、終電の1本か2本前の新幹線で帰る予定でいた。お店に届いた怪文書を読ませてもらったり、居合わせたお客さんとお話したり、あっという間に時間が流れる。21時29分の終電で帰ろうと店を出たのは21時15分。「これで戻ってきたらおもしろいよね」とみんなから心配?されたので、「戻ってきたら爆笑してください」と言って店を出た。これがフラグだった。マア走れば間に合うやろ、と思ってヒールで上野駅までダッシュ。走りスマホ(危ない)しながらえきねっとでチケットを購入…しようとしたところ、「受付時間を過ぎています」というようなメッセージが出て購入できず。21時29分、改札の前で立ち尽くす。間に合うと本気で思っていたから悔しい。けれどこうなったら楽しい方向に運ぶしかない。とりあえず夜学バーに戻ってフラグ回収。夜行バスを一応調べるも、10000円というふざけた金額で販売されていたので今日帰ることはあきらめた。翌日の仕事は始発で帰ったところでどうせ間に合わないので出勤もあきらめた。じゃあもうたくさん遊ぶしかない!25時まで夜学バーで過ごし、ジャッキーさんとアフター。なんだかんだ終電で帰ることが多かったから、ジャッキーさんとアフターはかなりレア。というか湯島で一緒に飲むのは初。新鮮でわくわくする。1軒目はやたら腰の低いお兄さんのやってるバー。先にいたおじさん3人組が女の話ばかりしていて、下品でつまんねーという感想しか出てこなかった(お店がどうというより、ここではおじさんのこと)。もしみずのみばで酒を出すとしたら「下品な話禁止!」って貼り紙しようかな。2軒目はマリーゴールドというスナックへ。店主のまりこさん、ジャッキーさんにみずのみば新店舗の話など聞いてもらう。なんとありがたいことか。スナック自体まだ慣れてないし、最近スナックのママから怒られがちだったのもあって、終始カチコチに緊張してしまったのが少々もったいない。次はもっと胸張って遊びに行きたいな。ちょっとした目標。女性がやっている夜の店ってのはほんとーーに勉強になる。勉強してかないかんね。まりこさんとジャッキーさんの歌をそれぞれ聴けたのもよかった。店を出ると朝5時であった。ジャッキーさん、わたしの寄り道に全力で付き合ってくれて本当にありがとう。

ただの日記

昨晩は好きなお店に行って店主とふたりきり、いろんな話をした。時々猫を愛でたり、お酒を飲んだりしながら。大きなテレビにはYouTubeの映像が流され、スピーカーからはSpotifyの音楽が流れていた。バラバラに再生される映像と音楽が不思議と合っていておもしろかった。一人で行くと家に”帰れない病”にかかる。ずっと居たくて終電を逃す。店主のご厚意で昨晩も泊まらせてもらい、あたたかいお布団でたっぷり眠る。朝8時過ぎに目覚め、身支度をして勝手に店を出てゆく。今朝の新潟も青空。駅までの散歩が本当に気持ちいい。せっかくだから家路の途中にある喫茶店に入ってモーニング。食パンが2枚出てきて贅沢な気分になる。今日も私は好きなお店に生かされている。

上向く

一ヶ月ぶりに会った友達に「なんか今日雰囲気違う。いつも可愛いけど今日はもっと可愛い」と言われた。うれちい。見た目の変化はほぼ無いはず。たぶん表情が良くなったのだと思う。モヤモヤとしていたことが解消され、気分が上向いてきた。上手くいかないことも多いが、少しでも「意味」のあることを日々やっていきたい。「意味」を見出すことも。

「最近どう?」の暴力性

「最近どう?」の暴力性よ。雑談の入口にちょうどいい便利な言葉。けれど最近うまくいってない人にはかなり暴力的な言葉である。「最近どう?」と聞かれるのが怖くなると、人と会うのが億劫になり、最悪引きこもりにも繋がりかねない。みんな悪気なくこの言葉を使う。軽い雑談のつもりで聞く場合もあれば、相手への心配の意味を込めて聞く場合もあるだろう。しかし「最近どう?」と聞かれるだけで心が苦しくなってしまう人だっているのだ。気をつけたい、本当に。まずは天気とかお花の話から始めよう。

ほほえみとお笑い

私って今まで「ほほえみ」で生きてきたんだと気づいた。ほほえみはそんなに頑張らなくてもできる、自分の得意なことだ。ほほえみに関しては自信を持って良いと思う。ほほえみで事足りてた、凌いできた、なんとかなってた。そんな私に足りないのは「お笑い」だ。ほほえみでなんとかなってたから、お笑いを身につける必要性がこれまでほとんど無かった。だから私にはお笑いがない。たぶんこれからだって私はほほえみだけで生きていけるしなんとかなると思うけど、自分の足りないものをはっきりと自覚してしまったらそれが欲しくてたまらなくなる。もっとお笑いってものに興味を持とう。まずはそれから。自分にお笑いを身につける、これをやんわりと今年の目標にしちゃおう。ほほえみ人間がお笑いまでできるようになったら、もうめちゃくちゃ最強なのでは?最強になりたい。